北の留学工房

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おかしなロジック ーー Abikoの視たニッポン


日本のロジックを海外から見てみると、どう映るのでしょう?

スイスの安彦さんが、おかしいと違和感を感じる最近の出来事。

送られてきた、政治家の責任、国民の責任と素晴らしい日本語 と題されたコメントは、最近の報道から、垣間見える 日本流ロジックに対しての安彦流の考え方を紹介しています。





政治家の責任、国民の責任と素晴らしい日本語、本日の新聞記事を読んで

本日のNIKKEI NETで、首相、政治資金「問題あっても国民は民主党を選択」という見出しで、以下の記事が掲載されている

鳩山由紀夫首相は15日午前、民主党の小沢一郎幹事長や自身の政治資金問題について「国民もある意味でまたかという思いは感じていると思う」と指摘した。そのうえで「この問題も、私自身の問題も既に総選挙前から出ていた話で、こういう問題があるにもかかわらず、民主党を選んでいただいた。その責任も果たさなければいけない」と表明した。首相公邸前で記者に語った。



ここで

(この問題も、私自身の問題も既に総選挙前から出ていた話で、こういう問題があるにもかかわらず、民主党を選んでいただいた。その責任も果たさなければいけない)と、日本国首相が、首相公邸前で、記者団に語った、つまりは、国民に語った、とあるが、これは 難しい発言である。

発言自体が、難しいのではなく、発言の内容が意味する中身の難しさに、海外にいて、日本語をほとんど使用しない私は、遭遇してしまうのである。


責任を果たす とある、この責任というのは、語られた内容からして、

民主党が国民から選ばれた責任と、受け取れる。現実には、ここでは、民主党を選んだ国民の責任、と、言うことでな

ければならない。そもそも、責任といういうのは、行為の主体者側にあるもので、行為を受ける被主体者に求めることは、理論的におかしい

親が子供を教育する責任はあっても、子供が親から教育される責任というものはない無い。

首相は、国民に対して、問題となっている内容に関して、それを明確にする責任を持っているが、事の内容について、報告を受ける国民がそこで、明確にされる責任といういうものはあり得ない。。

したがって、ここでは、(民主党を選んでいただいた。その責任も果たさなければいけない)とは言うものの、民主党を選んだ国民(の側)に、責任は、あっても、選ばれた民主党に責任はありえないのである。

首相が、考えた挙句の結果としての、責任の所在を回避した発言であるなら、素晴らしいレトリックである。そうでなければ、そもそも責任といったものが、何なのかすらよく理解していないことになる。



さらに記事は

小沢氏が対外的な説明をしていないことに関しては「国民の皆さんはこういう問題になると説明責任が果たされていないと思われると思う」との認識を示した。 

 と続く。


ここでは、

説明責任が果たされていないとは、多分小沢氏が対外的に説明すべき責任を果たしていない(と私は考える)、と言う
べきところなのに、今度は、聞く側の国民の立場に立って発言をしていて、(説明責任が果たされていない)という表現をとり、首相としての立場から発言する責任を回避しているのである。

さらに、結句は、(思われると思う)という、本人の明確な見解でも意見でもない、そう自然に思われると思う、という表現によって、本人自身が語っている見解内容に関して、実は、意識的に責任の所在を曖昧にしているのである。

一方で

(捜査がこのような状況で、資料も提出しているなかで、本人が申し上げることには当然、限定がある)とも発言。
(何が事実かも含めて捜査中のなかで、幹事長としても話すべきことと、話すことができないことが色々あると思う)と述べ、小沢氏の対応に理解を示した。



と、NIKKEIは、首相が小沢氏の対応内容に理解を示している、と記事を閉めている。

逆に、実際ここでは、(捜査中のなかで、話すことが出来ないことが色々あると思う)と言う発言自体、もし、理解し、擁護しているとなれば、本人も同族であることを認めていることになり、そうでなければ、幹事長として、話すことが出来ないことがある、(国民に隠しておきたいことがる)という大問題を、暗示してしまっていることになる。


毎日新聞は、

(首相、官僚の説明に嫌気? 「トイレに閉じこもりたくなる」)という見出しで、

鳩山由紀夫首相は14日、都内の日本料理店での松野頼久官房副長官らとの会合で、官僚による政策の説明に関して「疲れているときはトイレに閉じこもりたくなる」という心境を吐露した。「毎日が公邸と官邸の往復では世の中が見えなくなる」とも語ったという。



記事を掲載しているが、閣僚からの説明を受けるという、公務の執行に対する、本人の心境(心構え)は、“疲れているときはトイレに閉じこもりたくなる”と首相の職務執行に対する現状の姿勢、(やる気の無さ)を、伝えており、さらに 

“毎日が公邸と官邸の往復では世の中が見えなくなる”と、なにやら意味不明な発言も出ており、遊びに行きたいのか、公務を放棄したいのか、それとも何か世の中のことが分かるようになる方法を見つけ出したのか、なんとも意味不明な酔狂談とも聞こえてきて、海外でこれを読んでいる私は、これが自国の首相の発言内容かと思えば、淋しくなってしまう


日本語というものは実に愛すべきもので、時として、西洋の論理を一気に超越した内容を表現してくることがある。


本日のこの関連記事の中で、

小沢一郎・民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反事件で、同会の事務担当者だった石川知裕衆院議員(36)に対する東京地検特捜部の事情聴取がされており、



読売は、その内容を、


石川議員が土地代金の支払い手続きを行った直後、同会は4億円の定期預金を組み、それを担保に銀行から小沢氏名義で同額の融資を受けていた。当初、同会は読売新聞の取材などに、この融資の資金を土地代金に充てたと説明しており、特捜部は定期預金と融資が簿外の現金で土地を購入したことを隠す工作だったとの見方を強めている。
石川議員はこの融資について「必要はなかった」としているものの、なぜ、融資を受けたかに関しては「思わず借りてしまった」と説明している



と伝えている。

日本の国会議員、国民を代表して国の立法に直接携わっている衆議院議員が、国の法律、規定の順守の役割を持った検察の事情聴取を受け、疑惑のかかっている融資に関して、

なぜ融資を受けたかの質問に対し、、

「必要なかった}、ものの、思わず借りてしまった」と応え、読売はこれを説明していると書いている、これは、海外で読んでいる私にとっては、禅問答である

「必要なかったが、思わず借りてしまった」

素晴らしい日本語の名文だと思うが、これは残念ながら私の知っている外国語にはうまく訳せない。そしてこの名文を説明と日本を代表する新聞社が理解している。


私は、翻訳の仕事を引き受けることもあるが、その場合、専門知識を必要とする学術用語の翻訳以上に扱いが面倒なのが、本日書いたような、責任の所在を曖昧にしていく表現、明確でなくても、安易に掲載されるいく発言内容、またそれを受ける読み手も、これといって問題視しない、気にならない等、日本では曖昧模糊の認識と、無責任責任の発言行動が散在していることである。


“日本国民全体が麻痺してしまっている”と、時折、感じることがあるが、国外にいる私にとっては、日本が麻痺してしまっているのか、私が海外の異種ウイルスに感染してしまっているのか、判断が出来ないでいるのも事実である。
 

                  

NOBI   15.01.2010


P.S

この記事は、一月に掲載いたしましたが、最近のニュースをみて、再送させていただきました。




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