北の留学工房

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息子の堅信礼の日 Vol 2

普段、あまりに近くに居る為気がつかかなった、息子・娘の成長に気が付き、ちょっとドキドキしながらもうれしくて仕方のないNobi.

10分ほどの短いながらも幸せな会話をしたNobiが、息子の堅信礼の行われる教会へ着きました。

私も訪ねた事がありますが、背景にはスイス・アルプスが見え、まるで酸素だけでできているような新鮮な空気の匂いが、今にも飛んできそうな感じです。

 
堅信 1 
着いた教会のなかでは、一体どんな様子なのでしょう。

何事にも、素直に感激し涙もろいNobiさん。

息子の堅信礼に耐えられるのでしょうか?

 





教会はすでにほぼ満で、定刻9時半には、堅信礼参加者の入場に始まり、管区担当牧師と式を司る司教のお祈りにて堅信礼は始まった。

式は式典順序の規定に従い進められ、パイプオルガンの演奏と、教会コーラスの合唱のハーモニーに、雰囲気は一段と盛り上がる。

今回子供達が、扱ってきたテーマは、“私は私”というもので、式全体を貫くモティーフとなっている。
人はそれぞれ、違っていて、各々が唯一、かけがえのない存在であることを強調していた


洗礼蝋燭に点火をして、それぞれが、自己にとって、神の存在とは、何かを、思い思いに、披露する場面もあった。

式のクライマックスとも言える、聖霊を受ける儀式になった。

わが息子の番になると、、何故か涙腺が緩み、涙ぐんでしまった。

悲しいのでもなく、嬉しいのでもなく、何かが心の琴線に触れているのである。
それは“ありがたい”という感動の気持ちと表現すべきものだった。

子供が無事に成長してくれていること、
私の背丈まで育って、成人の儀を受けている息子を遠目にしながら、

これまでこの子が自分に与えてくれた、数々の喜びが、浮かんできては、ありがたいと思い、

何故か涙をそそうのだった。

思わず両隣に座っていた妻と娘の手を握ってしまった私を見て、妻も娘も怪訝ながらも、優しく微笑んでくれた。



年の数が増えるごとに、私の涙腺が緩んできていることはまぎれない事実であった。
映画のシーンに、音楽の旋律に、又表現された言葉そのものに、涙ぐむことさえ多くなってきている。

丁度息子が聖霊をうけているときに、“聖霊よ、来たれ”という合唱がされていて、
その歌の詩の中に

Alle sprechen eine Sprache, wenn ein Mensch den anderen liebt.
(他者を愛する者は、みんな同じ言葉を話す)

私なりにいえば、“人を思う心には、宗教や人種の違いはなし、人は皆同じ”という文を見つけて、“ああ、これいい言葉だなあ”とさらに心を打たれてしまった私であった。

そうこうしているうちに今度は、外の天候が急に変わったのか、教会の窓ガラスを通して、陽光が差し込んできた。

その筋状の日射しの美しさに、さらに感動して、放心状態というか、むしろ、心そのままの状態でいる内に、式は終了となった。

席を立ちゆっくり歩いて教会の外に脚を運んだが、そこには、雨が上がって、暖かい春の空気が満ちていた。



その後、又ゆっくりとと自宅まで歩いて戻った。みんな異口同音に“良い式だったと”それぞれが、それぞれに満足気だった。

堅信礼のパーティーは、昼食会だが、我が家に戻った後のパーティーは、会話も心も弾み、延々と夕食の時間まで続いてしまい、夜になって、やっとお開きとなった。


ホスト役の妻も、私も息子も、若干の疲労感と大きな満足感に満たされた一日を終了したのだった。


新しい発見があり、楽しかった過去が実感として再現されて、また、友人、知人との暖かい繋がりをconfirmコンファーム(堅信)出来て、“ありがたい“と感じた充実した私の堅信礼の一日だった。




実は私にはさらにおまけが付いていて、就寝前にメールをあけてみると、ある方からお便りを頂いていた。

何とその方が、この「Abiko(私の)見た日本」を読んで下さっていて、本日の息子の堅信礼に際してご祝福を寄せてくれていたのである。


私はこの方に一度もお会いした事はないが、この方から頂くお便りには日本の心をいつも感じている。

故郷が、故郷を離れて初めてその意味を持つように、日本を離れて、日本の心を思うことがある。

故郷の山や川が、子供の頃の思い出と重なって、懐かしく、実際よりも美化された形で、自分のなかに存在しているように、日本を離れて、現実以上に日本を美化していることがあることを自分でも時折認識している。

しかし、この方から頂くお便りは、日本の心が、自分のなかにある日本の心が、まだ現実にあることを、伝えてくれる。

どこで習えば、出来るのか、その言葉は漢字を使いながらも、大和言葉の響きと、平安の優雅さを内包している。

折々の季節の事象が必ずあって、自然が生活の中で生きている。


お便りの内容にはいつも優しさが感じられ、私は、“ありがたい”と思うのである。

「人を思う心に、人は皆同じ」という言葉が、もう一度、浮かんできて、優しい私の日本は、私の心の中にだけあるのではなく、現実に、人を思う優しい人がいる、優しい日本があることを感じ、その夜は、さらに充実した気持ちになり、ありがたいと事だと思ったのである。



今回は敢えて、此処でお便りのお礼を申し上げます。上賀茂神社の白馬節会の折のご写真ありがとうございました。お祓いを受けたと感じております。桜の開花も間直との事、優しい、暖かな春の日々をお迎え、お過ごし下さい。




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