北の留学工房

Academy of Modern English 英語学習と留学のためのコツをお知らせします

Teacher's Training Course 体験記 Vol 3

Teacher's Training Course 体験記 Vol3


Lesson@Excel  Lesson@Excel1

前回は、コースを受けた学校や、ヨーロッパ各国からの参加教師、クラス後の飲み会の様子でしたが、今回は、

授業内容や、大英博物館での思い、英語教師としての思いを語っておられます。

ヨーロッパの英語教育事情・環境に触れて、何に思いをはせたのでしょうか?


■ 授業

Lesson@Excel2



「語彙のアプローチ」「インターネットをベースにした授業とその方法」「オン・ザ・ジョブ(使いながらの)学習」など、様々な教授法が紹介され、実演され、議論された。


その資料はA4版で、重ねると4、5センチになる。

他の教師たちは、内容によっては不満を言ったりもしたが、私にとってはすべてが新鮮で、刺激的だった。

大満足である。エクセル・イングリッシュの教師2名、ケビンとケリーの熱意、サービス精神に脱帽する。


「あれほどのサービス精神で私は授業をしたことがあるだろうか?」


と自問せずにはいられなかった。


だが、私にとってこのプログラムが新鮮だったこと、これを素直に喜ぶわけにはいかない。


日本の英語教育、もしくは私が、すでに古くなっているのではないか。


リフレッシュ・コースとはよく言ったものである。



ヨーロッパの英語教師の頭の中に、「文法訳読授業」というものはない。


あったとしても、部分的なもの過去のものに過ぎない。


彼らと2週間、授業と余暇を共にしてそのことを思い知った。


ヨーロッパの言語と日本語の起源の違いや地理的条件の違いは言い訳にならない。


世界は待ったなしで、英語を道具としてこなすことを要求しているのだ。




■ ロゼッタ・ストーン


Rosettastone  Rosettastone1  Rosettastone2



私はまだ「文法訳読授業」の後遺症を引きずっている。

大英博物館のロゼッタ・ストーンの前でしみじみと思った。

日本の英語教育は、日本の近代化という歴史条件の中で形づくられ進化した。

洗練を求める日本人の優れた資質はそれを見事なまでに完成させた。



ただ不幸なことに、日本人にとって英語はあくまで、コミュニケーションの道具としてではなく、翻訳・解釈すべき文献として存在し続けた。


それを許す地理的、歴史的、社会的、経済的、民族資質的条件があったからである。


こうして日本の英語は大学受験科目として堂々たる地位を築いた。



今でこそTOEICだTOEFLなどと言っているが、横(に書かれたもの:英語)を縦(に書かれたもの:日本語)に直すことが英語の勉強だとする考えは、大人、学生はもちろん小学生にまで、依然として染み付いている。


ロゼッタ・ストーンに刻まれたヒエログリフがなんだか英語に見えてきた。
これからも日本の英語はこのようなものとして存在し続けるのだろうか。



日本の英語教師を代弁してこれだけは言っておきたい。


もし国の将来のために「英語が使える日本人」育成を本気で目論み、「英語の授業は英語で」と推奨するのであれば、文科省はEU諸国がそうしているように、日本の英語教師に英語圏で学ぶための充分な奨学金を出すべきである。

(北の留学工房 注:EUにおいては、ヨーロッパ全域の教育委員会とも言える機関から、彼らの設定する基準を満たすコースを受講するにあたり、申請して、補助金を受けることができる。ヨーロッパの多くの国の英語の先生がこれを利用しているとともに、EUも奨励している)


英語を大学受験科目からはずすのも手だが、これが現実的な問題の解決にならない以上、せめて日本人英語教師が世界のどこにいても堂々と英語教師を名乗れるようしたいものだ。



■ ブリティッシュ・ライブラリー




British Library  British Library1  British Library2



大英図書館「セント・パンクラス新館」を訪れた時のこと。

中庭の入り口に掲げられた案内図に書かれた文章が私の歩みを止めた。



Nothing in life is to be feared. It is only to be understood.

「世界を怖がることはない、それは理解されるためにそこにあるのだから」


と語りかけるこの言葉は、その頃私が思いめぐらしていたことをぴたりと表現していた。


私は言葉のことを思っていた。


まがりなりにも英語がわかるから、私はこうして一人でロンドンの地下鉄に乗り、街を歩き回り、本や、居酒屋に立ち寄れるのである。

言葉がわからなければ、世界はよそよそしいもの、ときには敵意に満ちたものになるだろう。

「理解できない」ということは人の心の中に勝手に恐怖や敵意を育てる。言葉は敵を作ることもあるけれど、言葉でなければ、世界と親密になることはできないのだ。


だからせめて、と英語教師である僕は思う、生徒には英語の「知識」ではなく「技能」を身につけてほしい。

ヨチヨチ歩きができるようになった子供は無敵だ。

ひとりで家中を冒険し始める。失敗もするけれど、そうやって世界は子供にとって親密なものとなっていく。

それをじっと見守ることが私たちの役目だ。



(To be continued)




関連記事
[ 2012/06/07 02:58 ] Teacher's Training Course | TB(0) | CM(0)
ハーバード大学の図書館に貼ってあると噂の20箇条 No 19
【 まさに今この瞬間でも、相手は読書をして力をつけているのだ  】 
Even at this very moment your competitors keep reading.
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
Skype レッスン
AMEカテゴリー